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小説よりも奇なり。『一事が万事。』


こんにちは。

整体師の大嶋です。

 

 

みなさんは、『一事が万事』という言葉をどう考えますか?

また、『徹底』という言葉を言葉をどう考えますか?

 

 

私は、いくえさんと一緒に仕事をスタートさせた当初は、この『一事が万事』と『徹底』いう言葉を、毎日のように言われました。

 

大抵の方なら、この2つの意味はわかると思います。ですが、どれだけの方が、これを実行できているでしょうか。

正直、私は、できていませんでした。もちろん、言葉の意味はわかっています。ですが、それをそのまま行動には移せていませんでした。

 

 

ある時、私が、仕事の上で、いくえさんとの約束を破ったことがありました。そのときに、いくえさんは烈火のごとく憤慨しました。

でも、私には、その意味がわからなかったのです。誰にだってミスはあります。わたしは「そこまでいわれること?」と、かなり横柄な態度を取りました。

 

そのときに、野球で例えられたのです。

自分がピッチャーだったときに、満塁だったとします。迎えたバッターに打たれるか、自分が抑えるかという場面。もちろん、見ている観客も緊張しますが、本人たちはもっと緊張しています。

 

いくえさんは、

「その場面で、あなたが投げたのは、暴投だったのと同じ!!!」

と言ったのです。

 

「満塁になる場面なんて、絶対来るよね?その時に、絶対にしてはいけないミスが何かわかる?それが、暴投よ!あなたが、キャッチャーミットに思いっきり投げて、そのボールを打たれたのなら、それはあなたの問題ではない。相手がうまかったのよ。もしくは、ストライクでなかったとしても、相手がスイングするかもしれない。でも、暴投は、あなたが勝手にやったミス。相手は、打ってもない。あなたが自ら相手に点を与えたの。それを野球と言える?日ごろから、満塁になることを想定して徹底して練習しておけば、本番でその場面が来ても練習通りにできるはず。ピンチのときほど、練習通りに、キャッチャーミットに思いっきり投げることができるか。それが、ピッチャーのレベルじゃないのかな?それを徹底したというんじゃないのかな?私が監督なら、「その練習をしとけよ。」って言うわ。今回の件も同じよ。「この時は、こうしましょう。」と約束をした。それに対して、あなたは「わかりました。」と言った。でも、いざその場面が来たら、あなたは練習通りに投げることができなかった。それを「練習しました。」「わかりました。」って堂々と言える?そんなの誰が信用するの?約束通り、キャッチャーミットに思いっきり投げることができて初めて、打たれるか、抑えるかという結果が出るの。わかる?あなたが投げたボールは暴投なの!」

 

それまでの横柄な態度は、もうできませんでした。

 

「あなたのピッチングは、それまで99%うまくいっていたかもしれない。でも、たった1%たった1回、その暴投があっただけで、流れが変わる。いろんなところに影響が出る。一事が万事よ!そりゃそうよ。だって野球しなかったんだもの。こいつ、スパイなのかな?思うくらい信用できない。だって、そんなことじゃ、絶対に勝てないから。あなたのやってる仕事は、草野球程度なの?違うよね?勝ちたい!上を目指したい野球をしてるのと同じなんじゃないの?」

 

勝つためには、勝つための練習がある。がむしゃらに時間だけを費やしても勝てない。それは、出会った当初に言われて衝撃を受けました。それを、またこうして突かれたようなことでした。

 

 

「徹底しなきゃしけないのは、バッターを抑えることじゃない。そんな勘違い選手なんていらない!徹底しなきゃいけないのは、どんな場面でも、きちんとキャッチャーミットに思いっきり投げることができることよ!!打たれることばかり気になって、抑えなきゃ抑えなきゃって、いざとなったら本来のピッチングができないなんて、練習してないのと同じ!!」

 

 

ぐうの音もでませんでした。

 

 

世の中、ニュースを見ても、そのたった1回の『暴投』が招いた悲劇が起こっています。

 

それまでは99%できていたかもしれない。でも、たった1%たった1回、徹底されなったことが原因で、文字通り、一事が万事の事態を招くのだと改めて感じました。

 

『いざという時』は、必ずやってきます。その時に、練習通り徹底して臨めるか。日ごろの練習の質が問われます。